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高松高等裁判所 平成7年(ツ)9号 判決

上告人

株式会社高知銀行

右代表者代表取締役

清水泉

右訴訟代理人弁護士

岡村直彦

被上告人

竹田勝博

右訴訟代理人弁護士

戸田隆俊

主文

原判決中、上告人敗訴の部分を破棄する。

前項の部分につき、被上告人の控訴を棄却する。

控訴費用及び上告費用は被上告人の負担とする。

理由

上告代理人岡村直彦の上告理由について

一  原審の適法に確定した事実関係は、次のとおりである。

1  被上告人は、平成六年三月九日午後二時三〇分ころ、上告人万々支店(以下「万々支店」という。)の被上告人の普通預金口座に振込入金して一億円を預金した。

2  被上告人の使者西山歌子(以下「西山」という。)は、同日午後二時四五分ころ万々支店に赴き、被上告人から預かった右口座の預金通帳及び届出印の押捺された払戻請求書を提出して、一億円の払戻を求めた。

3  上告人は、万々支店に一億円の現金がなかったため、同日午後三時五分ころ、上告人本店から現金一億円を運び込み、払戻の用意を整えた。

そして、上告人は、右預金の払戻手続を行っているのが預金者本人ではないため、預金者である被上告人の意思を確認しなければならないと判断して、西山に対し、被上告人と連絡を取るように依頼した。

これに対し、西山は、直ちに連絡は取れないと答え、かえって、上告人に対し、第三者に現金を渡す時間が切迫しているから早く一億円を払うよう要求したが、上告人は、これを拒絶した。

4  西山は、同日午後三時二〇分ころ、第三者に連絡を取るために、万々支店から退出した。

5  被上告人が、同日午後三時四〇分ころ、上告人に対し、一億円の払戻を確認する電話をしたところ、上告人は、右払戻が未了であると述べ、西山がいると思慮されるレストランにこれから届けてもよい旨を伝えた。

これに対し、被上告人は、西山は既に右レストランにいないだろうと述べ、右申し出を断った。

6  被上告人は、翌日(同月一〇日)万々支店を訪れ、同日午後九時三〇分ころ一億円の払戻を受けた。

二  原審は、右事実関係において、普通預金契約は金銭の消費寄託契約であるところ、民法六六六条、四一九条二項によれば、消費寄託契約において、受寄者(銀行)が寄託者(普通預金者)から払戻請求を受ければ、受寄者(銀行)の普通預金払戻債務は直ちに遅滞に陥り、寄託者(普通預金者)の払戻意思の確認調査の必要性を以て受寄者(銀行)の抗弁とすることはできないと判断して、債務不履行(履行遅滞)による一日分の損害賠償金の支払を求める被上告人の請求を認容した。

三  しかしながら、原審の右判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。

民法六六六条は、消費寄託契約には消費貸借に関する規定を準用すると定めつつ、その但書で、「契約に返還の時期を定めざりしときは寄託者は何時にても返還を請求することを得」と規定して、返還の時期を定めない消費寄託契約につき、同法四一二条三項の例外を定めた同法五九一条一項の準用を排除し、原則どおり同法四一二条三項が適用される旨を明らかにしている。しかして、普通預金契約は返還の時期を定めない金銭の消費寄託契約に当たると解せられるので、民法六六六条但書、四一二条三項により、普通預金の預金者から払戻請求がなされると、銀行は、普通預金払戻債務につき、払戻請求の時から遅滞に陥ることになる。しかしながら、民法四一二条三項の法意としては、債務者が履行の請求を受けた日にその履行を為せば足り、その日を経過した場合において始めて遅滞の責任が生ずると解すべきである(大審院大正一〇年五月二七日判決・民録二七輯九六三頁)から、債務者が、履行の請求を受けたその日に弁済の提供をすれば、民法四九二条により、債務者に遅滞の責任は生じないことになる。

ところで、銀行の預金払戻債務は商慣習により取立債務と認められるところ、預金者から預金の払戻請求があった場合、銀行がその払戻をするについては、払戻請求書に押捺された印影が届出印の印影と一致するかどうかを確認する等所定の内部手続を行う必要があるし、当該支店が通常保有している現金額を超える金額の払戻請求を受けた場合には、当該現金を調達する必要がある。また、預金者の代理人又は使者と称する者から払戻請求がなされた場合で、その者の受領権限が疑われる事情が存するときは、その者が民法四七八条の「債権の準占有者」に該当しない限り、銀行は、無権限者に対する無効な弁済をする危険に立たされることになるので、これを回避するため、その者の受領権限を調査する必要がある。したがって、銀行が預金の払戻をする際になすべき預金者の協力行為には、単に、銀行の窓口に預金通帳と届出印の押捺された払戻請求書を提出するだけに止まらず、前記調査に協力するとともに、前記内部手続等や調査を行うのに通常必要な時間経過後に銀行の窓口において払戻金を受領することまでもが含まれていると解すべきである。もっとも、銀行が預金者の代理人又は使者と称する者の受領権限を調査するのに時間を要すると予想される場合には、その間当該代理人又は使者が銀行内で待機する必要はなく、この場合、右調査を行うのに通常必要な時間経過後に、銀行が預金者側に対し、払戻を行う旨を通知しなければならず、また、弁済の準備が完了している状態で右通知を行うことによって、弁済の提供がなされたものと解すべきである。

前記事実関係によれば、被上告人から一億円という大金が普通預金口座に振込入金されたわずか一五分後に、被上告人の使者と称する西山が払戻請求をしてきたものであるから、極めて異常な事態であり、預金通帳及び届出印の押捺された払戻請求書が提出されたとしても、上告人とすれば、西山の受領権限を疑うべき事情があったところ、被上告人が午後三時四〇分ころに電話をしてくるまでは、上告人は被上告人と連絡が取れなかったのであるから、この電話において被上告人の意思が確認できた時点において、西山の受領権限を調査するのに通常必要な時間が経過したものと認められる。そして、上告人は、現金一億円につき払戻の用意が整った状態で、右電話において、被上告人に対し、西山がいると思慮されるレストランにこれから一億円を届けてもよい旨を伝えているが、右は、現金一億円の用意ができたことを通知してその受領を催告する趣旨を含みつつ、サービスとして右場所に持参する旨を伝えたものと解すべきであるから、上告人は、これによって弁済の提供をしたものと認められる。そうすると、上告人は、被上告人から履行の請求を受けたその日に弁済の提供をしている以上、上告人に遅滞の責任は生じないことになる。

したがって、これと異なる判断の下に、払戻請求を受けると直ちに上告人に遅滞の責任が生ずるとして、被上告人の損害賠償請求を認容した原審の判断には、民法六六六条但書、四一二条三項、四九二条、四九三条の解釈を誤った違法があり、この違法は原判決の結論に影響することが明らかである。論旨はこの趣旨をいうものとして理由があり、原判決中上告人敗訴の部分は破棄を免れない。そして、前に説示したところによれば、被上告人の本件損害賠償請求は理由がないことが明らかであるから、これを棄却すべきであり、これと結論を同じくする第一審判決は正当であって、被上告人の控訴は棄却すべきものである。

よって、民事訴訟法四〇八条、三九六条、三八四条、九六条、八九条に従い、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 大石貢二 裁判官 一志泰滋 裁判官 重吉理美)

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